複数方面から聞こえてくるようになった話でもう明らかにしても問題ないと思うのでこのタイミングで書いておくと、昨年1月に施行された「ダウンロード違法化」に刑事罰を付けようという動きが今国会であるそうです。文化庁の審議会通さず、業界のロビーにより議員立法で一気にやろうとしてるみたい。
複数方面から聞こえてくるようになった話でもう明らかにしても問題ないと思うのでこのタイミングで書いておくと、昨年1月に施行された「ダウンロード違法化」に刑事罰を付けようという動きが今国会であるそうです。文化庁の審議会通さず、業界のロビーにより議員立法で一気にやろうとしてるみたい。
将来300万で売れる予定の牛を100万で買う で、自分では育てられないから、飼育代としてもう140万(牧場側は人件費、餌代入れても100万程度、ここで牧場の利益率でる)払う 利益分の60万は一年毎に20万ずつ支給される 3年後に牛が300万で売れるので、最初に払った240万が手元にもどってきて、オーナー満足
と、いうシステム だけど、実際は牛なんか育てずにいた事にして会員集めれば、無限に金が入ってくるだろ? 少なくともオーナーに払い戻す三年後まで破綻しない これがチャリンカー操業 で、オーナーが牧場にきた時は牛見せて「これがあなたの牛ですよ、はい、満足したら帰りましょうね、ちゃんといますよ、安心ですね!」とやる 他のオーナーがきた時も同じ牛見せて同じ事を言えば、牛の数が契約数より少なくても乗り切れる わかった?
(via ak47)
会社を辞めて独立をして、見事に「土日」と呼ばれるものがなくなった。
というか、もともとオンとオフを分けて考えたことがあまりないので、土日もずっとオンではあった。
でも、サラリーマン時代、土日は基本的に「休み」だった。その「休み」がなくなったのである。常に仕事をやっている感じ。つまり、「忙しさ」という意味では、独立前より数倍忙しくなった。それまでもかなり忙しい方だったと思うが、それに輪をかけて忙しくなった。ただ、「疲れ」という意味では、サラリーマン時代の半分以下かもしれない。
そう、疲れにくいのである。
いや、物理的な疲れはもちろんある。かなりきつい。でも、たぶん精神的な疲れが激減したんだろうと思う。サラリーマンをやっている時の方が数倍疲れてた。「疲れた疲れた」といつも言っていた。たぶん、今は、基本的に「すべて自分で決めて動いている」せいなのだろうな。
自分で自分の人生を仕切っているので、日常的に他人に振り回されることが少ない。そして「他人の評価」をあまり気にして生きなくていい(サラリーマンは他 人に評価される職業だからね)。疲弊する会議とか不本意な仕事とか「やらされている感」があることが少ないのも大きい。よっぽどイヤならその仕事を辞めれ ばいいし。そういうのもあって疲れにくいんじゃないかな。そんなことを昨晩、ある店のカウンターで連れに話していたら、シェフが「私もそうです」と話に入ってきた。
自分で独立して店をやり出してから、ほとんど朝から深夜まで店で仕事をしている。でも疲れない。つらくない。
だけど、たまに友人の店にヘルプで入ることがあるが、そのときは本当に疲弊する。気疲れもあると思うが、「他人に使われる」のが疲れの原因なのだろうと思う。そんな話だった。
(via jumitaka)
「人がこの世に生まれて、最初にコーラを飲む瞬間」その瞬間の撮影に、なんと成功致しました。
これだからアルファベットしか使わない人間は・・・。
WWW最大の失敗は,
URLに非ASCII文字を使用する際のEncoding指定について何も規定しなかったこと
に決まってるだろ。これのおかげで非英語圏の人間がどれだけ面倒な思いをしていることか。
「緊急時こんだけ節電できたんだからそれを継続すれば原発つぶせる」を「業績悪化でボーナス0にした時も君たち生活できたんだから、今後ボーナス廃止ね」は似ている。短期的に無理は出来ても、組織化できていなければ長期戦には耐えられない。無理して達成した数字は長期的考察のベースには使えない
(via kyokutyo)
(via uessai-text1)
「でも大事なのは、実際に月に100万円稼いだり、通帳残高を増やすことではなくて、『自分が100万円を稼げる』という自信を持つことなんですよ。お金というのは信用を数値化したものですから。自信のある人には信用もお金もついてきます。だから、なんでもいいから自分に自信を持つこと。それこそ『現役で大学受験に合格した』でもいい。一度、成功体験をして身につけた自信は、一種の無形固定資産みたいなもので、なくなることはありませんから」
洋食レストランでは定番の人気メニュー「ドリア」。
ライスが入ったグラタンのような料理です。
これってどこの国の料理かご存知ですか?グラタンっぽいのでフランス料理かな?と思いながら、某イタリアンチェーン店の定番商品にもなってるから、イタリア料理かも…?
ところがこのドリア、実は日本で生まれた料理なのです。
といっても、日本人が考えた料理ではなく、戦前に『横浜ホテルニューグランド』で総料理長を務めていた、サリー・ワイル氏が、日本に来てから考案した料理です。ワイル氏は、1927年にニューグランドが開業する際にパリから招かれたスイス人コックで、フランス料理のコックでしたが、西欧料理全般に長けていて、イタリア料理やスイス料理なども得意としていました。
そんなわけで、日本で生まれたとはいえ、日本の洋食というより「サリー・ワイル氏の料理」というべきかも知れません。●ドリア誕生のエピーソード
ワイル氏はニューグランドで、「コック長はメニュー外のいかなる料理にもご用命に応じます」とメニューに書き、お客様の要望に合わせて様々な料理を作って提供していました。
そんなある日、
「体調が良くないので、何かのど越しの良いものを」
というお客様の要望を受けて創作した料理が、この「ドリア」だったのです。
その時作ったのは、バターライスに海老のクリーム煮を乗せ、ソース・モルネとチーズをかけてオーブンで焼いたもの。
好評だったこの料理は、”Shrimp Doria”(芝海老と御飯の混合)として、ア・ラ・カルトのレギュラーメニューになり、ニューグランドの名物料理の一つになりました。
それが弟子達によって他のホテルや街場のレストランでも提供されて広まり、今では全国の洋食の定番料理になっています。
ちなみに、ワイル氏のオリジナル・ドリアは、ニューグランドの名物料理として今でも提供されています。
●「ドリア」の名前の由来もともと、フランス料理にも「ドリア」という料理があり、それはイタリアの港町・ジェノバの名門貴族「ドーリア家」のためにパリのレストランが作った、キュウリ・トマト・チキンを使った料理のことと言われています。
古典フランス料理で「ドーリア風」というとキュウリを添えるのはその名残だと考えられますが※1、これらはワイル氏が作った「ドリア」とは全く違う料理です。ワイル氏が作った「ドリア」の名前の由来も、やはりその「ドーリア家」にちなんでいますが、特に十五世紀ごろに活躍した、ジェノバの海軍提督・アンドレア・ドーリア(Doria)という人物のことを指しています。
中世時代のジェノバは貿易で栄えていて、十八世紀末頃まで「ジェノバ共和国」として独立していました。その中で、ドーリア家は、ジェノバ共和国が建国され る以前から名家として知られる超名門貴族でしたが、その一族の中でもアンドレア・ドーリア提督は、「ドーリア家」といえばまずその名前が連想されるほど有 名な人物だったのです。(ちなみに、ジェノバには今でもドーリア家の宮殿が残っているそうです)
また、ジェノバは十八世紀の末、ナポレオンによって占領され、わずか十年ほどの間でしたがフランス領であった時もあったので、ジェノバはフランスとも深いかかわりあいがあります。ワイル氏のドリアの由来がこのアンドレア・ドーリア提督ということはあまり知られてはいませんが、かつてニューグランドでワイル氏の補佐をしていたコックの荒田勇作氏が1964年に出版した『荒田西洋料理』という料理書には、ドリアのことを「海将風」と書いています。
では、ワイル氏は、なぜライスを入れたグラタン料理に”Doria”と名付けたのでしょうか?
実は、フランス料理の古典であるオーギュスト・エスコフィエ(1846~1935)の料理書、”Le Guide Culinaire”(1902年刊)には、”Homard Tourville”(オマール海老のトゥールヴィル風)という料理があり、この料理は、リゾットの上にオマール海老を乗せ、ソース・モルネをかけてグラタンにするという、まさにドリアの原型ともいえる料理があるのです。※2
そしてこの、「トゥールヴィル」という料理名は、十七世紀に活躍した有名なフランス海軍提督・トゥールヴィル伯爵(アンヌ・イラリオン・ド・コタンタン)に由来します。ワイル氏は、当時フランスの料理界の頂点に君臨していたエスコフィエの料理に傾倒していたそうで、ニューグランド時代のワイル氏のメニューには、エスコフィエの料理書にある料理が数多く登場します。
そこでワイル氏が、フランスの海軍提督の名をあてた「トゥールヴィル」という料理をアレンジしたシーフード料理に、港町ジェノバの海軍提督の名をあてたのは、ワイル氏ならではのちょっとした洒落だったのでしょう…。
(via uessai-text1)